屠所の羊

備忘録

マッチングアプリで出会った人と結婚した

以前の投稿からかなり期間が空いてしまいました.

婚活を始めた頃の投稿を振り返るとかなり精神的に参っていて面白いですね.彼氏に愛されないことを嘆いていましたね.なんだかんだ,結婚するのかしないのか彼氏に詰めて,煮えきらないため「もう私,婚活するからね!」と言って別れた気がします.2021年の5月かな.本当にこのときの決断は正しかったと今では胸を張って言えます.

今の夫とは2021年6月に出会いました.確かマッチングアプリは彼氏が煮えきらない頃からインストールして試しにやっていましたが,別れる前に会うのは倫理的に問題だなと思っていたので会っていません.しかし,アプリ内のチャットでのやり取りでもかなり人となりというものはわかるものですね.会ってもいいかなと思えたのは当時やり取りしていた中で2人だけでしたし,実際に会ったのも2人だけです.まあ,初めて会った相手が夫でしたので,あまり人数が増えなかったのかもしれませんが.当時私は,待ちの姿勢ではなく,良い人(私に合う人)を捕まえてやる,という気持ちでアプリをやっていたので,条件,顔写真で自らイイね!(やり取りしてみたいという合図みたいなもの)をして行っていました.たしか.条件もほぼつけていませんが,身長170cm以上,年齢40歳以下で切った気がします.顔写真は生理的に無理でなければ積極的にやり取りしました.やり取りの中で,結婚の条件を聞かれることがあったので,その際は「喫煙しない,猫が飼える,親と同居しない」を挙げていました.やり取り中に,日本語の使い方がおかしい人や変な文脈で「笑」を付ける人,上から目線な人,店舗が合わない人などを除外していくと,ほぼ残りません.年収を高く表示している人には上から目線な人が多いな,何も書いていない人で若い人は遊びたい人が多いな,などいろんな発見があり面白くはありました.

夫はプロフィールに「猫カフェに行きたい」とだけ書いてあり,猫好きそうで顔写真も悪そうな人には見えなかったのでやり取りを開始した気がします.実際やり取りを開始してもこれでもかというほど丁寧な取引先とのメールかといった内容で全く面白みはありませんでしたが,おかしな日本語を使ったり失礼なことを言ってきたりはしなかったので高感度は高かったです.会ってからの印象は運転が丁寧な誠実な人,といった印象で,決め手に欠けるかなあと思ったりもしたけれど,不快になることが無いのでお付き合いに発展した感じです.不快にならない,価値観や考え方で引っかかるところがない,ということは生活をともにするうえでかなり重要なことですね.現在に至っても,彼が私を不快にすることは殆どありません.

幸いなことに,初回のデートで彼からお付き合いの申し込みをしてもらったので,保留にして,もう一人と会ってみて,数回デートを重ねた後に付き合うことにしました.保留しにしてた返事は,なんの色気もなく,帰宅途中の車内でお返事しました.偶然地元の花火大会中であり,道が混んでいた記憶があります.毎年花火が上がるともう1年かあと感慨深くなります.

決め手に欠けるなあとか考えていた自分をひっぱたきたいくらい,夫は素晴らしい人でした.マッチングアプリ,殆ど会うにも至らないようなやり取りしか展開できない人ばかりでしたが(これは私との相性も含めて),時折,こんな素晴らしい人が紛れているんですね.婚活をしている人は諦めないでほしい.出会うことでしか可能性は広がらいないと思うので.個人的には,時間は有限なので,メッセージの段階で「あれ?」と思う場合は,会う段階に進むのは無駄な気がします.疲弊すると続けていけないので,疲弊しないように出会って行きたいですね.

マッチングアプリなど,結婚を目的とした出会いではロマンが無い,愛が無いのではとお考えの人がいらっしゃるかもしれないが,現在私はとても幸せです.もちろん結婚したくて出会ったわけですが,目的が手段になるほど,お互いの思いやりと優しさで良い関係性を育めていると思います.この自信がいつまでも揺るがないよう,思いやりを持って生活していきたいと思います.

2021年婚活を始めて

2021年も残すところあと数日となった.

本当にあっという間だったし,自分の思わぬ方向へ人生が進んできていて驚いている.なんといっても2021年は婚活を始めた年.

昔は一度結婚したらもう満足するかなと考えていた.でも気がついたら婚活を始めていて,なんで結婚したいのかを自分へ問う1年になった.

結婚の良いところ,メリット,利点ってなんだろうと考えてみる.

・他人と共同生活がおくれる

・生活費が折半される

・体調不良時や苦しい時に頼れる

・いい人いないの?と言われない

・結婚はまだかと急かされない

後半ネガティブな利点となってしまった.

ここ数年というか,離婚してからというもの母からの孫はまだか,孫を抱くという世間一般的な幸せを与えてもらえないのか,誰でもいいから結婚しろ,という発言が心底煩く辟易している.以前はこういう発言をしても言われた方がやる気にならないだろうしむしろ逆効果だと思っていたが,そうでもないらしい.心底他人と共同生活をしたくなかったり,結婚が嫌すぎるわけではないなら,結婚してこの煩わしさから逃れるのもいいなと感じる.どれくらい煩わしいか,きっと体験しないとわからない部分があると思う.本来心安まるはずと見込んで行った帰省で休まらないどころかむしろストレス受けるので溜まったもんじゃない.しかも終わりが見えない.会話が成り立たない.理想として誰かと共同生活を送りたいという思いはあったので,いっそうイライラしてしまうのだ.

利点をあげてみて思ったのは,これがちゃんと利点になりうる人と結婚しなくては意味ないのである,

そこで,私はやはり,苦しい時は助け合い,喜びは分かち合えるくらいの愛情を持てる方と,穏やかな日々を送りたいと思った.双方に対する尊敬・尊重が必要だと思った.

2021年記載

 

 

買ってよかった漫画2021!

私が2021年に出会えた漫画なので,古いものも含まれています!

 

千歳ヲチコチ』各所で勧めすぎている,平安時代もの,恋愛ギャグ漫画.本当に出会えてよかった!このまま出会わずに老いさらばえる可能性あった.きゅんするし表現が美しくて最高です.

『往生際の意味を知れ!』あげくの果てのカノンもすきだが,これも好き.毎度タイトルセンスが良いと思う.千歳ヲチコチと比較してひねくれている(笑)

女の園の星』めちゃ面白いよね.男性に勧めても楽しく読んでくれた.ギャグ漫画としてかなり好き.

ダンス・ダンス・ダンスール』ジョージ朝倉先生の作品で初めて読んだ.一気読みしちゃう面白さ.バレエって美しいよね.

Dr.STONE』多分今年に入ってはじめて読んで,なんで今まで読まなかったんだ!と後悔した作品.漫画として素晴らしい表現をなさると思う.教育図書にしましょう.

『その着せ替え人形は恋をする』今年婚活をしてよかったのは漫画好きのひとにおすすめの漫画を聞けてたくさん出会えたことだなあ.これもそう.

戦国妖狐』少年漫画であった・・・.水上先生は天才①

スピリットサークル』水上先生は天才②戦国妖狐より短く読みやすい.

最果てのパラディン』なんだかんだいうて面白かった.転生ものはあんまり読まないんだけど,なんか事故で読み始めたら引き込まれてしまった強い作品

『うるわしの宵の月』安定の絵の美しさ.そして美しい者同士の設定なのでまた美しかった.かわいい.

 

ザ・ファブル』広告でよーこが酔っ払った男で遊んでるシーン出てきて興味湧いて読み切ってしまったがめちゃんこ面白かった・・・エンタメとしてよすぎ.映画も見ちゃった.よかった.

 

 

毎日がつらいという話

自分がおもっているより自分は精神的に弱い.毎日が辛い.それでも毎日笑顔で過ごせるし,雑談もできるし,毎日たくさん寝てるし,ご飯は美味しい.Twitterで愚痴も行っているし,職場の片隅で愚痴を聞いてくれる人もいるので大丈夫.

どうなったら大丈夫じゃないのかわからないけど.

「泣きながらご飯をたべたことがある人は大丈夫です」みたいな良さそうなセリフありますけど,私はそれなら一生大丈夫かな.

理想があるから疲れるのであって,理想なんて捨ててしまえばいいんだけど,理想って自分で意識して作り上げるよりも早くに出来上ちゃってるものなんだね.

こだわりのない方の人間だと思っていた.そうでもないのかもしれない.そりゃそうか,こだわりのない人間はわざわざ離婚したりしないもんね.嫌なもんは嫌なんだ.

水のように生きていきたいな.

理想なんてなくて,優しくて,冷くて,柔らかくて,強い,凛として,朗らかな人でありたい.

今の苦労がいつか報われるとか思ってないし,苦労が実を結ばず徒労に終わることなんでよのなかありふれてると思うけど,それでもいいよね.徒労だったか決めるのは今じゃないし私じゃないから.

弱い自分を奮い立たせて,たくさん泣いて,強くなろう.

 

待ち侘びて春は散り塵actor

婚活をはじめた.

5月の末にお付き合いしている人と別れた.結婚してくれなかったから別れたともいう.結構かなり好きだったと思う.別に好きじゃなかったし,と思えたら良かったんだけど,そうでもないみたいだ.そもそも自分は好きでもない人と結婚しようとは思えない人間だった.結婚してくれなかったから別れたとか言ったけど,真実は,相手が結婚したい相手では私はなかったというだけのことで,その事実に耐えられなかったという,なんとも惨めなものである.それでも付き合い続ける事はできたと思う.付き合い続けることでなあなあでの結婚もできたかもしれない.まあそこらへんは想像の世界でしかないからわからないけども,それは私の望む未来ではなかった.結局,愛されていない未来なんていらなかったのだ.私からの連絡は平気で何週間も,何ヶ月も無視できるくせに,のうのうと「でも声きいいたら元気でるし」「でも好きだし」とか言ってくる人に愛はあるのだろうか.

返信が来ないのは忙しいからじゃない?って言われることもあった.忙しいことはわかっている.だから,返信は基本的に1週間は待った.忙しくても一言も返信できないわけないのだ.おちついて連絡できないなら,その旨ひとこと言ってくれるのが誠実さというものではないのか.待つ立場になって見たら,ひとこと連絡あるだけで,生きているとわかるし,待つ時間を有効に使えるってわかるはず.

想像力がないんじゃない?っていうのも考えた.こうしてほしいというのは伝えてあった.忙しいとしてもひとこと返信することはできるはず,それがあるだけで違う,待つという時間も有効活用できる.なんど伝えたか知れない.相手の立場になって考えればわかるよね,というのはコミュニケーションにおける怠慢だと思っているので全部言葉にしたつもりだ.

「なんども冷静に伝えてくれてありがたかった」と言われた.そうだね,有り難い行為だとおもう.少なくとも好きじゃないとこんなことしない.

単純に考えると,好かれてないからこんな仕打ちを受けてるとしか思えないよね.私も何度も何度も考えたよ.自分に当てはめると好かれてない可能性しかないもの.でも,愛し方って人それぞれだと思うし,相手が好きって言うなら信じようと思った.

嘘だとまでは言わないが,あれは真実ではなかった.どういうふうに私を大切にしているのか聞いたことがある.「君が言われたくないことを言わないようにしている」と言っていた.それは言った瞬間価値を失ってしまう努力ではないかと思った.そして,「君が言われたくないこと」を完全に想像で設定していて笑ってしまう.やってほしくないことは全部言語化していたのに,それに対してはなんの改善も見せないのに,想像上の私の嫌がることをしないように努力しているんですよ.高校生の恋愛じゃないんだよ.努力しているということ自体,付け焼き刃の言い訳かも知れませんけどね.何なら私は相手をどんなふうに大切にしてるかなんて聞かれても答えられないし.

場面緘黙だから,ごめん.と言われると仕方ないかなと思っていた.

「君は優しいし,穏やかだし,好き」なんて,バカみたいなこと言ってさ.感情を顕にするとあなたが一層緘黙になるから,私は穏やかなふりをした.優しいわけじゃない.好きだから優しくしていただけ.私が感情的になると,すっと引いて,無視をして,あとから「感情的な人と話しても意味がある話し合いにならない」とあなたは言ったが,あれほど愚かな行為はないと思う.怒りは悪か?怒りを受け止める気もないくせに他人とお付き合いしようなどよく思ったな.時間をおいたところで,私の怒りは澱になって沈殿して消えはしない.赤の他人なら,諦めに変わってしまうかもしれないが,諦めたらそこで関係性が終わりだから,私は何度も怒りを表出した.一度も受け取ってもらえたことはない.怒りを知ってもらいたいのはエゴか?怒りさえ受け止めきれない人とお付き合いしているのは,それは優しさの搾取だね.柔らかいものだけ,欲しい物だけ受け取りますって,金銭が発生する案件だよ.

まあ正直,人付き合いにおいて相手を信用するしかないので,場面緘黙という言い訳を受け入れたわけだが,そう言って結果的に私の怒りや悲しみには寄り添わず,優しさ搾取をしてくる人と結婚したいと思っていたわけだから恋は盲目ってやつですね.

盲目になってもそこそこ冷静なので,別れるかって話をする際には「今は優しいかも知れないけどそれは好きだからだよ」「同じように優しくしてくれる人なんてどこにでもいると思うよ」「今後私が怒らないなんて事はありえないよ」と伝えてやった.これもある意味愛ですわ.

思い返すと別れて正解と思えるエピソードばかりだな.こんなに手札揃ってても切れないもんなんですね.

友人に「37歳くらいでよくわからん人と結婚して2年後に離婚する呪いでもかけとけ」と言われたが,その時は幸せになってくれたらそれでいいといって良い子ぶってしまった.今は別に幸せになってくれなくてもいいし,多分あれは感受性の問題であまり幸せにはならない気がするから,私のことは忘れて生きてくれたらいいなと思う.一生後悔しろ!って思ったりもしたけど,くだらないからすっかり忘れちゃえばいいと思う.

私は強く生きていく.忘れることは生きること.

欲しいものは自分で手に入れなきゃならない.それが贅沢だ,わがままだと言われても,こんな素敵な私がおざなりな愛し方されていいのか?いいわけないだろう.

次は人を待たせることの意味を理解している人とお付き合いしたい.

どれだけ私が慎重に言葉を選んで紡いで投げかけても,あなたにとってはただの1本の糸でしかなくて,きっと色合いくらいしか気がついてないのね.

そこにどんな選択があってもなくても,きっと結果は変わらないのね.

不憫なひと.

それでも大切に紡ぐしかできないから,言の葉ひとつひとつに魂は宿るから,私が活かすのは私の気持ち.

きれいな糸を紡ぐよ.あなたときれいな生地が織れるように.

どんな色でもいいでしょう.

もうすぐ七色の虹になる.

足跡

私は物を捨てるのが苦手だ.

いつか使うかもしれない.まだきれいだから.思い出の品だから.

理由はいろいろあるが,一番は「いつか使うかもしれない」が一番だろう.思い出の品は意外とすぐに捨てられる.きっと親の形見でも捨てられる.

いつか使うかもって思うとどうしてこんなに捨てることができないのでしょう.たとえボロボロでも,また使うかもと思うと捨てられない.愛着あるかと思うとそういうわけでもない.

また使うときは,来るのだろうか.

それを使わないといけないときは,本当に来るのだろうか.

捨ててしまったとして,また買えばいいじゃないか.全く同じものは手に入らないかもしれないけれど,全く同じである必要はあるのだろうか.今より新しくて,性能が良いものを手に入れればいいんじゃないか.もし,今のスペックが余りあるなら,もう少し安価で手に入れやすいものを手に入れればいい.わざわざ使わない期間に自分の懐で大事宝に持っていて,それは卵ではあるまいし,温めていいことはあるんだろうか.

捨てずに大切に所持することで,なにか芽吹くことはあるのだろうか.汗ジミのように愛着だけは染み着くかもしれない.ボロ雑巾みたいなぬいぐるみを抱いている姿は滑稽だ.私の手汗で汚れてしまったぬいぐるみはどこまでも私の匂いしかしない.話しかけても返事はしないけど,ほしい返事は決まっているから私が変わりにセリフを入れてあげる.かわいい声だった気がするけど,もうあまり声も思い出せない.こだまのほうがまだ返ってくるだけいい.ぬいぐるみを捨てても,こだまが返ってくるわけじゃない.

どんなに汚く薄汚れても大切にするよって思ってたんだ.前はもっとキラキラしてたね.でもくたびれて少しヘタってバランス崩しそうなところも愛しい.そう思えていれば捨てないほうがいいだろうか.でももう,手を握っても声を聞かせてはくれないし,黒い瞳は色あせて私を写さない.関わることができないなら,そこに私が存在することを誰が証明できるのだろう.

りんごが木から落ちることで重力が見えるように,木々が揺れることで風が見えるように,私の声かけにあなたが答えることで私は存在する.

でもまあこだまでもいいのかもしれない.全部捨てても,私はちゃんと私として存在できるように世界は成り立っている.私が海へ飛び込めば水は私を避け,私が歩けば足跡ができ,私が空を見上げれば,星の光は私へ落ちる.

捨てるべきはなにか.

壊れてしまったぬいぐるみか.

私の腕は二本しかない.いや,二本もあるから,まずギュッと自分を抱きしめてみる.